「去年の今ごろは・・・・」と、ふと思い出すことありませんか?
「去年の今ごろ」の蝉時雨、キャンプ料理、フェスの空気など、ふとした記憶が引き金となって「去年の今ごろ」にワープできるのはなぜなのでしょう。
心理学ではこうしたきっかけを「検索手がかり(retrieval cue)」と呼ぶそうです。
去年の365日の中から、気温・行事・服装・生活のリズムなどの「今ごろ」とよく似た風景が、記憶の扉を開けてくれるのです。季節が記憶に残る理由の一つなのかも知れません。
そしてもう一つ、人間は「去年の自分と今の自分」を無意識に比較してしまう癖があるようです。
これも、「去年の今ごろ」を思い出させる要素になっています。
2025年の夏
そんな「去年の今ごろ」を思い出すたびに、真っ先に思い浮かぶのは「去年の夏」です。今年も39℃を超える暑さが続いているが、去年の今ごろも、負けないくらいの猛暑だった。
いや、私にとっては「猛暑」というより「残酷暑だった」と言ったほうがしっくりする。「よく生き延びたものだ」と我ながら思う。
去年の今ごろ、私は毎日、卒論のために300件もの音声データと向き合っていた。エアコンをつけていても、額には汗がにじんでいた。汗をかいているのは額だけではなく、データと格闘する脳みそまで汗まみれになっていた気がする。
一つ分析が終われば、また次のデータ。波形を見て、音を聞き、数値を確認し、また聞き直す。その繰り返しの毎日だった。しかし、データ分析の深い森をさまよっていたわけではなく、手がかりを探す冒険の旅に、実はワクワクしていた。
感覚的から科学的に
自分は長年、メディアで情報を伝える仕事をしてきた。現在も、レポーターやパーソナリティなどに話し方の指導を続けており、これまでの経験値や勘を活かしている。しかし、これは感覚的な部分が大きく、「もう少しゆっくり話してみて」「その言葉の前に「間」をおいた方がいいわね」などの感覚的なアドバイスになることが多い。こうした指導は、本人も納得し、実際に話し方も変わっていく。いわば、長年の経験で身に付けた「さじ加減」なのだ。
しかし、自分の中にはずっと一つの疑問があった。なぜ、その「さじ加減」はうまくいくのだろう。私のなかには、常に、感覚的ではなく、科学的に分析・検証し、その確かさを裏付けたいという思いがあった。その思いが、ついに私を大学で言語情報学を学ぶ決意へと導いた。
とはいえ、「感覚的なことを科学的に裏付ける」と口で言うほど簡単ではなかった。
去年の今ごろ、私は300件もの音声データと格闘することになる。
この続きは、また次回。

